20万キロで車が売れる時代!中古車市場について

日産・シーマが成功したワケ

日産・シーマが成功したワケ

バブル期に一世を風靡した日産・シーマ。暴力的な加速と、
流麗なデザインで「シーマ現象」なる言葉が生まれたぐらい大ヒットとなりました。

 

現在のシーマは、フーガのストレッチバージョンになってしまい、
主にハイヤー用など法人向けです。

 

しかし、かつての「プレジデント」の名前にしなかったあたり、
シーマの知名度の高さが伺えます。

 

さて、このシーマが大ヒットした理由についてはいくつか理由があります。

 

まず、デザインです。当時、センチュリーなどの一部車種を除き、
クラウンやセドリックといった一般向けの日本製高級車は、
税制の関係上(物品税の問題)ボディサイズは5ナンバーでした。

 

そうした中、3ナンバー専用のボディであったシーマは、新鮮に映ったというわけです。
当時、クラウンも3ナンバー専用ボディを用意しましたが、こちらは5ナンバーのクラウンとほぼ統一されたデザインでした。

 

それに対しシーマは、ベースとなったセドリック・グロリアとは全く別のデザインを与えたことで、
ユーザーには違う車に映ったことがヒットの要因でした。

 

また、当時はバブル絶頂期。500万円前後という高価格帯ではありましたが、
中小企業の社長が税金対策の名目で、こぞって購入しました。
それだけ“金余り”の時代だったというわけです。

 

こうしたオーナーの多くは「ベンツやBMWの輸入車はお客様の手前乗れないけど、
シーマなら国産車だから・・・」ということで購入しました。
当時は今以上に“輸入車”に対し風当たりの強い時代だったことも、
シーマの販売を後押しする要因の一つだったというわけです。

 

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